「この国を救ってくれ、アイリーク」
―意味が判らなかった。
紫の瞳が、強く私を見つめる。
―創りの国のアリス―
突然、変な世界(国?)の来て、アリス【統治者】だかになってほしい?
挙句の果てに国を救え?
あぁ、私はとうとう頭がおかしくなったのだろうか。
目の前の眼帯の男―レイヴァン・エスターハーツの言葉に、
エプロンドレスを纏った少女―アイリーク・リデールは固まった。
「・・・・嫌だと言ったら・・・・?」
先ほどの、いつもの発作はおさまり、平常心で呟く。
「この場にお前を置いていくだけだ」
「な・・・!?」
成る程、協力しない人の事なんぞ知らない、という事か。
しかし、自分から来た訳でもない国で放置されるというのは、キツイ。
「話しを・・・・聞くだけなら・・・いいです・・・よ」
どうせ、ここで断って一番困るのは自分のようだ。
ならば、とりあえずは話しだけでも聞いておこう。
「判った。ついてこい」
「・・・変なところ、連れてかないで下さいね」
警戒心を込めて言うと、レイヴァンは涼しい顔で
「生憎、ガキを相手にする趣味はないから安心しろ」
「それはそれで、何かむかつく様な・・・まぁ、いいや」
―少なくとも敵、ではなさそうだし・・・。
森の中を暫く歩いていると、ある疑問を持った。
「そういえば・・・どこ、向かってるんですか、私達」
当然と言ったら当然の疑問である。
しかしレイヴァンは暫く答えず、短く溜息をつき、そして答えた。
「・・・・・・・帽子屋の屋敷だ」
不自然すぎる間。そして溜息。何か問題でもあるのだろうか。
「・・・激しく行きたくない、という顔してる気がするんですが、レイヴァンさん」
「それは・・・まぁ、出来る事なら行きたくはないがな」
仕事だからしょうがない、と諦め気味な表情で溜息をまた一つ。
「でも…帽子屋さんなんでしょう?お店の方が嫌な方なんですか?」
「帽子屋というのは、別に帽子を売ってる訳じゃない。単なる呼び名だ」
どういう事だろう、と首を傾げる。
「まぁ…どんな奴かは会えば判るさ」
“帽子屋”がどんな人かは気になるが、これ以上は聞いてはいけない気がした。
きっと何か彼にも色々とあるんだ、とアイリークは勝手に納得した。
その後は帽子屋の話は無く、むしろ二人の間に会話自体無かった。
そして更に歩く事暫く、建物が見えてきた。
「ついたぞ。ここが帽子屋の屋敷だ」
立ち止まり、目の前の大きな屋敷を見上げる。
―わぁ…
「すごく大きい…ですねぇ…」
呆気に取られるアイリークを横目に、レイヴァンは補足を入れてくれた。
「この国でも女王の城に次ぐ敷地の広さだ。
実際の権力も相当のものだしな」
「凄いんですね、帽子屋さんって」
レイヴァンの話を聞き益々、帽子屋がどんな人なのかが気になる。
しかし、そんなアイリークの言葉にレイヴァンは、歯切れ悪く呟いた。
「…確かに凄い奴だが、その分中身がな…まぁ良い…」
中に入ろうと踏み出しかけたその時、レイヴァンが突然立ち止まった。
軍服のポケットから取り出したのは、ウサギ男も持っていた携帯の様なものだ。
「……すまない、先に行っていてくれ。急用が出来た」
そう言うと、レイヴァンは先程の来た道の方に歩きだした。
「は…はい。でも…不法侵入で捕まったりしませんか、私」
真面目に聞くと、レイヴァンはそっと微笑んだ。
「安心しろ、大丈夫だ。もし何かあったら俺の名を出せ。だから、」
大丈夫、ともう一回言われると、自然とアイリークの不安はなくなっていた。
「はい!判りました!」
「良い返事だ」
そう言うと、レイヴァンは先程の森へ引き返していった。