「んー・・・とりあえず助けを・・・」

ウサギはポケットから携帯の様なものを取り出した。

誰かに電話をかける様だった。

「あー、ユリスさん?僕ですけど。
 え?まだですよ。
 ・・・遅いって言われても、今大変なんですよ!
 誰か一人来て下さいよ!・・・無能って言わないで下さいっ!」

どうやら、誰かもう一人、人を呼ぶつもりらしい。

-冗談じゃない。これ以上こんな変なのに関わってたら駄目。
 逃げなきゃ・・・!

生憎、ウサギは今電話に集中していてこっちを気にしていない。


―逃げるなら、今しかない!


アイリークは、後ろを振り向き、道があることを確認すると


全速力で、走った!

その道が何処に繋がっているなど、知りもしないで。

唯、唯走っていた。

 

 

 

 


「まったく・・・人使い荒いんだから・・・って、ん?」

電話を切ったウサギは、アイリークがいた所を見つめる。

しかし、そこにはもう彼女はいなかった。

「あ・・・・・逃げちゃった・・・?」

―こりゃまた、ユリスさんに怒られるなぁ・・・

ウサギは黙って空を見上げた。

 

 

 


アイリークはひたすら走っていた。

日が暮れて、すっかり暗くなった森の中を。

―どの位走ったのだろう
―もう、どの位時間が立ったのかも判らない

「きゃっ・・・」

落ちていた石にでもつまずいたのか、転んでしまった。

「いたた・・・はぁ・・・何なのここ・・・」

ずっと走っているのに、出口も何も無い。

もしかして、迷ったのだろうか。

「今更戻っても・・・あのウサギがいたら嫌だし・・・」

どうしよう、と呟きながら立ち上がり、エプロンドレスについた土を払う。

と、その時、背後で人の気配がした。

「!?」

バッと振り向くと、其処には眼帯をした一人の男がいた。
―腰には剣をぶら下げて。

「お前が、アイリークか」

男は静かに話しかけてきた。

「だ・・・誰ですか・・・?」

「俺は【ハートの騎士】レイヴァン・エスターハーツ」


―ハートの騎士?

アイリークが怪訝な顔をすると、

「女王に仕える騎士だ。まぁ、名目上だけだがな」

親切な事に説明を入れてくれた。

「・・・そんな事はどうでも良い。
 お前・・・ファイから逃げたそうだな」

「ファイ・・・?あの、ウサギのこと・・・?」

―この人も、あのウサギの仲間なの・・・?


「ああ、そうだ。何故、逃げた?」

「何故って・・・あのままあの人について行ったら色々と危ない気がして」

人じゃないだろう、というのは置いといてとにかく危ない気がした。

あの冷たい瞳・・・思い出しただけでゾクリとする。

 

「(まぁ、あながち間違ってない選択だな・・・)
 ・・・俺は、お前が知りたい事を知っている。
 何か聞きたいなら聞いてもいいぞ」

―知りたい事?
 いっぱいあるよ、そんなの
 
 この世界は何なのか
 “アリス”とは何者なのか
 何故、私がアリスなのか

「・・・まず最初に。 
 ・・・この国は、世界は何なのですか?」

「ここは“創りの国”。創られし虚構の国。
 今はそれしか答えられない」

ならば、次の質問だ。

「アリスって何?どうして私がアリスなの?」

「全てを支配し、全てを統治する者。
 虚構を真実にしてくれる。
               
              ―我らの救世主」」

 また、同じ言葉・・・

「統治・・・って言いますけど・・・王様とか、女王様とは違うんですか?」

「王や女王とは違う。あれは俺達が選んだ人物ではない。
 しかし・・・アリスは違う。
 俺達が、この世界の住民が選んだ救世主だ」


“救世主”その言葉に胸がチクリと痛む。

そんな大切な役目、自分に出切る訳がない。

自分の・・・・自分の“妹”さえ救えなかった自分に。


数分の後、やっとの思いで声を絞り出した。

「どうしてそれが、私何ですか?
 ・・・何も守れなかった私なの?」


何も守れない無力感。
嫌というほど味わった。
期待が大きければ大きい程、守れなかった時の無力感は大きい。


「今のお前は何も守れないかもしれない」

黙ってアイリークを見つめていたレイヴァンが、口を開いた。

「だけど、お前の中にある意思の強さ・・・それに惹かれたんだ」

―意志の強さ、その言葉にアイリークの中の何かが、プツリと切れた。


「意思の強さ?そんなものがあったらあの時私はあの子の事を助けられた!
 私は怖くて何も出来なかった臆病者なのっ!
 何も守れない、唯の・・・!!」

呼吸が乱れる。


―あぁ、いつもの発作だ。
 ばかだなぁ・・・
 こんな事言って、迷惑かけて・・・

気づかぬ間に、頬に涙が伝った。

レイヴァンはふと、空を見あげ何かを諭す様に語る。
 
「過去に、お前は大切なものを守れなかったかもしれない。 
 でも、今別のものが守れるとしたら?救えるとしたら?」

「え・・・?」

訳が判らず顔上げると、レイヴァンの真っ直ぐな瞳がアイリークを見つめていた。

「“臆病者”なお前にも救えるものが、今目の前にある」

涙を拭って、視界をはっきりとさせる。

そして、レイヴァンは言う。

「この国を救ってくれ、アイリーク」


紫の瞳が、強く私を見つめる。

 

 

―創りの国のアリス 第一話END―

→第一話あとがき